LOGIN――魔王が復活した。
その報せは、王都よりも早く、風よりも鋭く届いた。
血の匂いを含んだ、不吉な風とともに。「ヴェルゼンが……陥落? 一夜で?」
「王宮は炎に包まれ、王室の安否は不明。国境守備隊も壊滅……との報です」戦略会議の間には、重苦しい沈黙が支配していた。
地図の上に並べられた三つの国――ヴェルゼン、クランド、アスロニア。 僅か十日で、すべて魔王軍の手に落ちた。まるで紙の城を倒すように、あまりに呆気なく、容赦なく。
「……聖騎士団は何をしている!?」
国王ローランドの怒号が、石壁に反響する。
しかし、軍務卿の声は震えていた。「第八師団は壊滅、第四師団も後退を……もはや戦線は崩壊寸前です」
「冗談ではない……王都が陥落?あと……一ヶ月だと?」 「最悪、それ以下の可能性もあります。殿下、決断を――」空気が凍った。
全員の喉が詰まる。誰もが、絶望の名前を避けようとしていた。──その時、 老騎士の一人が呟いた。
「……ノワール・ヴァレリアンが、今ここにいたら……」
嘗て、その名を口にした者たちがいただろうか?
すると、懺悔のような声に、若い副官が鼻を鳴らした。「『無能』と嘲られたあの平民か? 今さら何を……」
しかし、別の男が、震える声で口を挟んだ。
「……知らないのか? 『神殺しの勇者』の話を」
「な、何の話だ?」 「魔王の奥に現れた『神性』を、たった一人で……斬った。あれは……ノワールだ」その名が落ちた瞬間、会議の空気が一変する。
まるで、空間そのものが静止したようだった。「噂かと思っていた。だが、各地で同じ記述がある。あの剣技、あの黒衣の男……」
「まさか……我らが追い出した、あの少年が……!」老騎士は震える手で地図を握り締め、額を伏せた。
そして――
「ノワール・ヴァレリアン。あの者の行方を至急探させよ」
王の言葉には、深い後悔と、唯一の希望が宿っていた。
▽
その頃――南西の辺境、エヴァレット領。
平穏だったはずの緑の谷に、ゆっくりと──しかし確実に、戦の気配が迫っていた。「ソ、ソレンが……落ちたって!?」
「あっちの空、ほら……煙が……!」焦げた風が吹き込み、乾いた土のにおいとともに、民の不安が色濃く立ち上る。
「母様、こわいよ……」
「水が……もう水がないの……っ」逃げてきた民たちは、ぼろぼろの荷を抱えてエヴァレット家の城館へ殺到した。
疲弊した顔、すすで汚れた衣。 小さな子どもたちは泣き叫び、大人たちは無言で唇を噛みしめていた。 その混乱の中心に立ち続けていたのは、カローラ・エヴァレットだった。「子どもたちは教会へ!年配者と負傷者は、南棟の医師のところに!水の配給は列を! 混乱を避けるために!」
高く通る声――それだけが、この場をどうにか保つ最後の糸だった。
「はい、カローラ様!」
「すぐに動きます!」使用人たちが慌ただしく走る。
その中で、カローラもまた、裾の汚れたドレスを気にも留めず、泥に足を取られながら指示を飛ばし続けた。 白い手袋は薄く破れ、手の甲には傷ができていた。 それでも──彼女は止まらない。 誰かがしなければならなかった。 誰かが、希望の顔を保たなければ。けれど──
「ああ……私のこの笑顔、あとどれだけ持つのかしら」
ふと足を止め、城館の中庭で空を仰いだ。
青くあるべき空が、どこか遠くで赤黒く染まっており、山の向こうから吹いてくる風は、かすかに血と煙のにおいを含んでいた。その日の夕刻。
カローラは、城館奥の謁見室へと足を運ぶ。 カローラの父──エヴァレット侯爵が、無言で書類に目を通しており、部屋に入った娘を見てもその視線は一度も動かなかった。「父様」
絨毯の上に立ったカローラは、まっすぐに告げた。
「領民はすでに三分の二が避難を終えました。ですが、門を閉じれば──その残りの人々は……っ」
静かに、だが確かな声で訴える。
「お願いです。南門の開放を」
「却下する」書類から目を上げず、侯爵は短く告げた。
その言葉には、情も、迷いも、なかった。「中央からの命があるまでは動かぬ。勝手な判断は、王家への背信と取られる……貴族としての責務は、冷静な秩序の維持にこそある」
「……それは、本当に『責任』なのですか?」思わず口をついて出た言葉。
カローラ自身が驚いた。 目の前で、父の手がぴたりと止まる。「その言葉、今一度……自分の立場を思い返してから口にするがいい」
その声には、静かな怒りが滲んでいた。
けれど、カローラはもう下を向かなかった。 父の冷たい視線をまっすぐに受け止め、そっと言葉を返した。「命を見捨ててまで守る『立場』なら……私は、もう、要りません」
一瞬――侯爵の目が、何かを見透かされたように揺れた。
だがその動きはすぐにかき消され、扉の向こうへと、彼女は背を向けた。父との話が終わった後、館の最上階、私室の窓辺に、カローラはひとり佇んでいた。
開け放たれた窓から、夜風が静かにカーテンを揺らす。 遠くの空が、赤く染まっており、燃える街の火の粉か、あるいは──血煙か。「――ノワール」
その名を呼ぶと、喉が震えた。
胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。「ねえ……あなた、今、どこにいるの……?」
そっと抱えた両腕に、微かな震えが伝わる。
彼を切り離したあの日、自分が選んだ『正しさ』は、今の世界ではただの『虚しさ』になっていた。――あの日から、もう十年の月日が流れてしまった。
未だに、カローラはノワールの事を忘れていない。
おかげで既に彼女は貴族の世界では『行き遅れ』だ。 父が婚約者候補の名を口にしたのだが、カローラはそれこそ首を縦に振る事はなかった。(……だって、あの日、私はノワールを突き放した。これは、私の罪だから)
後継者がいなくなるかもしれない。
しかし、別に父と子だけではない。 可能だったら、親戚の子を養子にしてこの地を継げばいいと思っている。 それほど、彼女はノワールの事を忘れる事が出来ないのだ。「会いたい……もう一度、あなたに……会わせて……」
絞り出した声は、まるで夜空への祈りのように、静かに風に溶けていく。
しかし、返事はない。 けれど、心のどこかで──確かに、何かが動いた気がした。そしてその瞬間。
遠く北の空に、ひとつの『黒い影』が、静かに現れ始めていた。▽
王都では今、民たちがひそやかに語り合っていた。
「『黒衣の剣士』が、また東の山で魔族を斬ったらしい」
「ひと振りで、十体の魔物を斬ったって……本当かね?」 「……神殺しの勇者。あの名が……本当なら……」伝説は、静かに広がっていく。
それはまだ、希望というには頼りない。けれど、崩れゆく世界の中で──『その名』だけが、人々の心を繋ぎとめていた。
その朝、エヴァレット領は、いつにも増してざわついていた。 普段は静謐な空気が満ちている領主館にも、人の行き交う音が絶え間なく響いていた。 厳格な警備と規律が保たれるはずの朝の館に、不穏な緊張がじわりと広がる。 北門から、王都直属の使節団が到着している――重厚な甲冑に身を包んだ伝令騎士たちと共に、封蝋された羊皮紙を抱えた一団。 中央に立つ騎士の胸には、国王直属の双頭鷲の紋章。それは最上位の王命であることを意味していた。 執政たちが慌ただしく廊下を走り抜ける中、応接の間に現れた騎士が、深く頭を下げて封書を差し出す。「国王陛下より、直筆命令にございます」 カローラ・エヴァレットはゆっくりと手を伸ばし、恭しく受け取った。「……王命、ですか」 静かに封蝋を割ると、わずかに冷気が指先を撫でた。 金の王印が刻まれた羊皮紙は、手袋越しにも確かな重みを伝えてくる。 文字を追いながら、彼女の眉が、かすかに動いた。『侯爵令嬢カローラ・エヴァレットは、勇者ノワール・ヴァレリアンとの接触および交渉を最優先とし、王命のもとにこれを迎え入れ、その意思に協力せよ』 言葉は簡潔で、容赦がなかった。 けれど、その一行一行が、彼女の胸を鋭く抉っていく。 ――やっぱり、ノワール……。 噂でしかなかったあの名前――『神殺し』、『黒衣の勇者』、神性存在を斬り捨てた男。 信じたくなかった。信じられなかった――だが、いま目の前にあるのは、王がその名を命令として認めたという事実。 彼の名が、正式な『勅命』の中に刻まれている。 それは、彼がもはやただの噂ではなく、王国を動かす存在になったことの証だった。(……今さら、よくそんな事が言えるわね) カローラは十年前、王国が彼を切り捨てた事を覚えている。 それなのに今更この態度なのかと考えると、腹が立ってしまう――顔には出ていなかったが、持っていた手紙を思わず握りしめてしまおうと考
重厚な扉が鈍く軋み、音を立てて閉じた。 その響きはまるで、外界から希望を遮断する音――まるで、王国を見捨ているかのような、そのような音に聞こえた。 王宮の戦略会議室。 金と瑠璃で飾られた豪奢な空間に、不釣り合いな沈黙が満ちており、煌びやかな装飾は、今や王国の惨状を痛々しく照らし出す。 国王ローランドは椅子に身を沈め、目を閉じる。 手元の書類の束には、各地からの戦況報告とともに――ある『名前』の調査記録が挟まれている。 そして、彼は低く、かすれるような声で口を開いた。「……ノワール・ヴァレリアンの居所を探せ。どんな犠牲を払ってでも、だ」 空気が凍る――その名が出た瞬間、会議室の空気は激しく揺れた。「ノワール……?」「まさか、あの……魔力ゼロの落ちこぼれが、まだ生きていたというのか……」 神殿代表が身を震わせる。騎士団幹部たちは沈黙し、いく人かは深く顔を伏せた。 誰もが、『その名』に抗いようのない重みを感じ取っていた。「報告書をご覧ください」 軍務卿が一枚の文書を掲げた。手はかすかに震えている。「『漆黒の衣を纏う男が突如出現。雷光と業火が天地を裂き、神の姿を模した敵が、一太刀で斬り伏せられた――』」「……神を、斬った……?」 誰かが呟き、その言葉に部屋全体が震えた。「信じ難いだろう。だが、東部戦線、北辺の遺跡防衛戦、さらにカリアスの空中神殿――どれも同様の証言がある。地名も、時刻も、証人も異なる。だが、あまりに……一致している」「同一人物だというのか……?」「『黒衣の戦士』あるいは、『黒衣の勇者』――その名が噂として、既に国中を駆け巡っている」 ローランド王はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、深い悔恨の色が滲んでいた。「…
――魔王が復活した。 その報せは、王都よりも早く、風よりも鋭く届いた。 血の匂いを含んだ、不吉な風とともに。「ヴェルゼンが……陥落? 一夜で?」「王宮は炎に包まれ、王室の安否は不明。国境守備隊も壊滅……との報です」 戦略会議の間には、重苦しい沈黙が支配していた。 地図の上に並べられた三つの国――ヴェルゼン、クランド、アスロニア。 僅か十日で、すべて魔王軍の手に落ちた。 まるで紙の城を倒すように、あまりに呆気なく、容赦なく。「……聖騎士団は何をしている!?」 国王ローランドの怒号が、石壁に反響する。 しかし、軍務卿の声は震えていた。「第八師団は壊滅、第四師団も後退を……もはや戦線は崩壊寸前です」「冗談ではない……王都が陥落?あと……一ヶ月だと?」「最悪、それ以下の可能性もあります。殿下、決断を――」 空気が凍った。 全員の喉が詰まる。誰もが、絶望の名前を避けようとしていた。 ──その時、 老騎士の一人が呟いた。「……ノワール・ヴァレリアンが、今ここにいたら……」 嘗て、その名を口にした者たちがいただろうか? すると、懺悔のような声に、若い副官が鼻を鳴らした。「『無能』と嘲られたあの平民か? 今さら何を……」 しかし、別の男が、震える声で口を挟んだ。「……知らないのか? 『神殺しの勇者』の話を」「な、何の話だ?」「魔王の奥に現れた『神性』を、たった一人で……斬った。あれは……ノワールだ」 その名が落ちた瞬間、会議の空気が一変する。 まるで、空間そのものが静
ノワール・ヴァレリアンが王都から姿を消してから、数日が経過した──いや、時の流れが鈍くなったように思えた。 王立騎士団の寮。 かつて彼が暮らしていた簡素な一室には、もはや何ひとつ残されていなかった。 剥き出しの床板。空っぽの棚。埃をかぶった窓枠。 どこを見ても、そこに誰かが住んでいた、気配は微塵もない。「ここ……誰か使ってたっけ?」 新入りの団員が、扉の前で不思議そうに首を傾げる。 返ってきたのは、嘲るような声だった。「ああ、魔力ゼロの『勇者様』の部屋だよ。消えてせいせいしたな」「まさか、いなくなるとは思わなかったよな。まあ、雑草が抜けたみたいなもんか」「どうせ山奥で野垂れ死んでんだろ。名も血もない奴の末路さ」 彼らの笑い声が、誰もいない部屋に空しく反響した。 その床の隅に、黒い糸くずがひとつ、落ちていた。 まるで、彼の痕跡がこの世に残した最後の『証』であるかのように。 誰も気づかない。誰も拾わない。 ノワールという存在は、まるで最初からこの場所にいなかったかのように、忘れ去られていく。 ▽ エヴァレット侯爵家の私室は、静まり返っていた。 ふかふかの羽毛布団に包まれ、カローラ・エヴァレットは身動きひとつせず横たわっている。 額に乗せられた冷たい布だけが、火照った肌にわずかな慰めをもたらしてくれている。 ──まるで、壊れた人形のようだった。 あの日――ノワールとの婚約を破棄した、あの雨の日を境に、彼女の身体は言うことを効かなくなってしまった 熱は下がらず、食事も喉を通らない。 瞼は重く、心はどこまでも沈んでいく。 医師は『神経性の過労』と診断したが、真の理由に触れる者はいなかった。 むしろ誰もが、無言でその『傷』から目を逸らしていたからである。 カーテン越しに微かに揺れる光。 冷えた空気が室内を撫でる中、侍女セリアがそっとスープを盆に乗せて近づいた。「――カロ
雨が降っていた。 しとしとと、濡れた音すら立てぬほど細く、静かな雨であり、空は鉛色に曇り、どこまでも低く、重く垂れ込めていた。 風はない。 ただ、まるで世界そのものが呼吸を止めてしまったかのような静けさ。 淡く霞む王都の空気は、濡れた石畳に淡く煙をまとわせ、景色すらも輪郭を失い始めていた。 その朝、王立騎士団の名簿から、ひとつの名前が静かに消えた。 ──ノワール・ヴァレリアン。 『魔力ゼロ』の勇者候補――平民出身の落ちこぼれ。 誰からも惜しまれず、誰の耳にも届くことなく、彼の名は帳簿の一行として抹消された。 異議も、別れも、何もなかった。 それは、ただの事務処理。冷たい紙の上で消えた、無価値な文字列。 彼は小さな革袋を肩にかけ、王城の寮を静かに後にした。 手荷物らしい手荷物は何もなかった。 けれど、背中にのしかかるものは重かった。 石畳を打つ雨粒が、地面に淡い水紋を描いていく。 その水面に、空の鈍い灰が染み込み、色彩を吸い取っていった。 ノワールは、傘も差さずに歩いている。 濡れた髪が額に張りつき、しずくが頬を伝って顎から滴る。 黒の上着は肩口から重くなり、腕のあたりではもう雨が染み通っていた。 衣の冷たさが肌を焼くようで、それでも、彼は一切気にする素振りを見せなかった。 首筋を這う雨水の感覚。 靴の中にしみ込む水の不快さ。 それらすべてが、今の彼には現実を証明するための『感覚』でしかなかった。 ノワールは、まっすぐ前だけを見て歩いていた。 顔を伏せることもなく。振り返ることもなく。 一歩、また一歩。等間隔の足音だけが、石畳に確かに刻まれていく。 ──その背を、誰かが見ていた。 エヴァレット侯爵邸――最上階の小窓、その重厚なカーテンの隙間から。 カローラ・エヴァレットは、窓辺に立ち尽くしていた。 指先でカーテンをわずかに押し広げ、静かに、息を潜めて。 冷えたガラス越しに見る世界
夜がまだ完全には明けきらぬ頃。空は墨を溶かしたような灰色で、凍てつく空気が肌を裂くように吹き込む。 その空気の中、ひとりの少年が黙々と木剣を振っていた。 ノワール・ヴァレリアン、十六歳。 平民出身の勇者候補──ただし、『魔力ゼロ』と烙印を押された落ちこぼれ。 剣を振るその手は、かすかに震えている。 疲れや寒さではない。 皮膚の切れた指から滲む血が、柄に染み込み、冷えた空気とともに痛みを残している。 しかし、彼は気にしなかった――気にしていられなかった。「おい、雑用。昨日の剣の手入れ、終わってねぇぞ。雑かよ、ったく」「水汲みも遅いんだよ。貴族様を待たせるとか、勇者候補のくせにいい度胸だな」「『勇者』って……どの口が言ってんだか。恥ずかしいなぁ、身の程知らずが」 周囲から浴びせられる罵声は、もう耳に残らなくなっていた。 冷笑、嘲り、侮蔑。どれもこれも、繰り返されすぎて、皮膚の一部のように馴染んでいた。 ノワールは顔を上げず、無言で剣を振り続けた。 その瞳の奥には、無表情の仮面の奥に隠された──耐えることを選んだ少年の意志があった。 転倒しても、誰も手を貸さない。 血を流しても、誰も気づこうとしない。 それでも彼は、立ち上がる。 何度も、何度でも。泥にまみれ、傷つきながら、ただひたすらに剣を振る。(強くなれば、何も言わせなくて済む。誰にも、見下されなくて済む。きっと──) 少年の剣が、寒空の中、夜明けの光をかすかに跳ね返した。 誰にも見えない場所で、ひとりの『落ちこぼれ』が、静かに這い上がろうとしていた。 一方その頃、王都の社交界では、カローラ・エヴァレットが『噂』と言う名の中心に立っていた。「エヴァレット家の令嬢、まだあの平民と婚約してるらしいわよ」「魔力ゼロの落ちこぼれだって。破談にならない理由がわからない」「愛?ふふ、馬鹿げてる。侯爵家の娘が、そんな情で人生を捨てるなんて──恥を知りなさい」 ドレスの裾が軽やかに舞い、音楽と笑い声が空気を飾る舞踏会の真ん中。 けれど、その華やかな仮面の裏では、悪意が甘美な毒として囁かれていた。 カローラは笑った。 完璧な令嬢の微笑みで、誰にも隙を見せない顔を作り上げた。 ──けれど、その笑顔は冷たかった。 氷でできた仮面のように。微細な衝撃で砕け散ってしまいそうなほど